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名車の再解釈 ― 日産が世界に示すべき「日本発」のモノづくり
組織やプロセスを整えるだけでは、名車は生まれない。そこにはエンジニアの「執念」がなければならない。効率化の波の中で消えていった「現場のこだわり」を、いかに呼び戻し、次世代へ繋ぐか。これが今、日産が直面している本当の課題だと私は考えている。 日産は9月、開発期間を50カ月から26カ月へ、ほぼ半分に短縮したと発表した。AIやデジタル技術の活用、中国合弁事業で得たノウハウの横展開によるものだという。数字としては歓迎すべきニュースだ。だが、この追い風を何に使うかで、結果はまったく違うものになる。単に新型車のサイクルを早回しするだけなら、それは「薄い商品」を今まで以上の速さで並べるだけに終わる。短縮された期間と抑えられた投資を、日産が本来持っている資産―過去に積み上げてきたブランドとモノづくりの思想―に振り向けてこそ、意味のある復活になる。 日産には、世界で評価された日本発の名車の系譜がある。フェアレディZ、スカイライン、シルビア、セドリック/グロリア、シーマ、ブルーバード、サニー、マーチ。海外向けに展開したマキシマ、ムラーノ、タイタン、インフィニティ・ブ

Nori
1 日前読了時間: 3分


新型スカイライン ~ 1M2C ハイブリッドに期待
9月10日、日産が新型スカイラインと新コンパクトカーの投入、そして国内年産100万台体制の構築を発表した。日本事業の再構築と商品ラインナップの拡充を柱に据えるという。 しかし数字を見れば、浮かれてはいられない。2025年度(2026年3月期)の最終赤字は5,330億円。2年連続の巨額赤字だ。2026年度は黒字転換の見通しとされるが、その額はわずか200億円。5,330億円の穴を空けた後の200億円の黒字を「峠を越えた」と呼ぶのは、正直、気が早い。 スカイラインというブランドは、単なる車名ではない。日産という会社が持っていた「爽快な走り」への哲学そのものだ。この時代に日産ファンが期待する復活を果たして欲しい。 1モーター2クラッチ(1M2C)のハイブリッドパワートレーンを、最新技術で進化させ、V6エンジンと、電動パワーとの組み合わせによって爽快なドライブフィールを実現しながら、燃費性能も妥協しないスカイライン。そういうクルマが出てくるなら、私は生まれ変わった日産を心から賞賛する。 今変わらなければ、魂は消える。次のスカイラインは、その分水嶺になる。

Nori
9月20日読了時間: 1分


S13 シルビア開発ストーリー
ピニンファリーナがデザインしたと噂され、かのジウージアーロが日本車の中では最高のデザインと絶賛した流麗なスタイルをまとって、1965年初代のCSP311型が発売されてから、1999年1月販売の7代目S15型まで、常にパーソナルなスポーツクーペとして若者を魅了し続けたシルビアを見られなくなってしまって、もう15年が経ってしまった。 全く売れなかったS12の後継として、当時の本田プレリュード、トヨタセリカを真っ向勝負を挑んで1988年に登場したS13型は空前のヒット作となった。長野宏司のデザインによる流麗なデザインは、エレガントなデイトカーというコンセプトで女性人気を集めただけでなく、FF化したプレリュードやセリカに対して、FRを守り通して走りの喜びを若い世代に提供した事が大きかった。また、派生の車種として、180SX/200SXも登場し、北米でもヒット作となった。 プラニングセンターでは若い人達で意思決定 「やっぱり FR (後輪駆動)でいこう」、松富さん(商品企画室主査)が言った。1980年代の後半、僕は次期型シルビアのプラニングセンターの一員と

Nori
2月6日読了時間: 3分


Be-1 誕生
Be-1誕生 1985年の東京モーターショーの日産ブースに黄色いカボチャの様な形をした可愛いクルマが現れた。その名も日産Be-1。当時、新車と言えば、ツインカム、ターボ、XX馬力、マルチリンクサスペンションなど、動性能で競合他社車を凌駕する競争に明け暮れている中で、見た目のデザインだけでこれだけ人の目を引くクルマは逆に新鮮だった。僕は、その黄色いBe-1の前で、時間が経つのも忘れ、ただただその形に魅了されて立ちすくんでいた。 発売後、30年を経てもなお色褪せないデザインの斬新性、秀逸さは、今でも素晴らしい。丸を基調としたエクステリアデザイン、内装デザインの完成度は高く、当時のデビューは衝撃的であった。 わずか1万台限定生産で180万円の価格で発売されたBe-1はたった2か月で完売した。あまりの人気で中古車市場は高騰し、一時は販売価格の二倍で取引された。 当時、日産自動車商品主管の清水潤氏とデザインの渋江建男氏から、「これまでのカーデザインの常識を覆す様な提案をお願いしたい」と依頼を受けたウォータースタジオの坂井直樹氏が手掛けたと言われる。当時ウ

Nori
2021年3月29日読了時間: 4分
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