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名車の再解釈 ― 日産が世界に示すべき「日本発」のモノづくり

1 日前
読了時間: 3分

組織やプロセスを整えるだけでは、名車は生まれない。そこにはエンジニアの「執念」がなければならない。効率化の波の中で消えていった「現場のこだわり」を、いかに呼び戻し、次世代へ繋ぐか。これが今、日産が直面している本当の課題だと私は考えている。

日産は9月、開発期間を50カ月から26カ月へ、ほぼ半分に短縮したと発表した。AIやデジタル技術の活用、中国合弁事業で得たノウハウの横展開によるものだという。数字としては歓迎すべきニュースだ。だが、この追い風を何に使うかで、結果はまったく違うものになる。単に新型車のサイクルを早回しするだけなら、それは「薄い商品」を今まで以上の速さで並べるだけに終わる。短縮された期間と抑えられた投資を、日産が本来持っている資産―過去に積み上げてきたブランドとモノづくりの思想―に振り向けてこそ、意味のある復活になる。

日産には、世界で評価された日本発の名車の系譜がある。フェアレディZ、スカイライン、シルビア、セドリック/グロリア、シーマ、ブルーバード、サニー、マーチ。海外向けに展開したマキシマ、ムラーノ、タイタン、インフィニティ・ブランド、プリメーラ。そして常識を覆したBe-1、PAO、Figaroといったパイクカーたち。それぞれの時代の日産が、日本発の思想を世界に問い、評価されてきた。そこに一貫していたのは「人をワクワクさせる」という意志だった。

重要なのは復刻ではなく、再解釈だ。当時の形をそのまま蘇らせることに価値はない。日本で生まれた思想を、現代の技術と現代の市場に適合させ、もう一度世界に通用する形で提示し直すことが求められている。レガシーモデルの持つ価値に現代の技術を融合させれば、ゼロから新しい商品を立ち上げるよりも開発期間と投資を抑えながら、新たな価値を世に問うことができる。これは9月に示された開発効率化の方向性とも矛盾しない。むしろ、スピードを本当の意味で活かす道はここにある。

ただし、これは画面の中のデザイン案で完結する話ではない。再解釈を形にするのは、商品主管が最初から最後まで一貫して責任を持ち、エンジニアが細部に執念を注げる体制があってこそだ。効率化そのものが目的化すれば、ブランドの再解釈もまた「スピードのための省略」に流れてしまう。現場のこだわりを呼び戻すとは、具体的には、商品主管が妥協してはいけない一点を最後まで譲らない権限を持つ、ということに他ならない。

日産の再興は、日本という一市場だけの問題ではない。日本を起点に積み上げてきたモノづくりの思想を、再びグローバル市場に示すことだ。これが実現すれば、それは単なる新商品の発売ではない。日産の魂が、もう一度世界に届く瞬間そのものになる。

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